About

Photo by Seio Nitta

みよこみよこ(よしだ みよこ)


イラストレーター

名古屋市生まれ。早稲田大学第一文学部美術史学科卒。
幼少期から絵に親しみ、大学卒業後にフリーのイラストレーターの道を選択。

「描くことで誰かの幸せの役にたちたい」という想いで描かれる幸福感に満ちた独創的な作風が話題を呼び、出版界で活躍するようになる。これまで数多くの書籍や雑誌に作品を掲載するほか、グリーティングカード、ぽち袋、ワインエチケットなど様々な媒体に作品を提供している。

結婚を機に宮崎県延岡市に移住。日本神話発祥の地で作品作りに没頭し、市内のギャラリーで個展を開くうちに、次第に地元での活躍の場を広げていく。
「本人の顔や名前は知らなくても、延岡市内でその絵を知らない人はいない」とまで言われるようになる。

延岡市の神社やお寺から御朱印帳のイラストを任されるほか、国民文化祭の一環プログラム「出会いの聖地延岡巡り」の神話パネルのイラストを依頼される。想像力に富んだ神話の世界観が反響を呼び、作品「ニニギノミコトとコノハナサクヤヒメの結婚」「出会いの聖地・愛宕山」の石碑に刻まれた。 また、宮崎太陽銀行は10年連続、カレンダーに彼女の作品を採用している。

2年に一度、東京の神楽坂で個展を開催。近年は動画にも挑戦し、ミュージシャン「やなせなな」さんのミュージックビデオのアニメワインナリー「旭洋酒」のプロモーションビデオの動画イラストを担当するなど、多彩な活動を繰り広げている。

これまでの主な仕事(順不同、敬称略)

●商品

  • 女流棋士高橋和の「和の将棋かるた」(高橋和・著 奥野かるた)
  • NOBEOKAひのきマグネット(有限会社イエムラ)

●書籍イラスト・イラストマップ

  • 「東京マラソンアイコンマップ」(ダイヤモンド社)
  • 地球の歩き方「aruco」シリーズ イラストマップ作成(地球の歩き方編集室)
  • 地球の歩き方「御朱印でめぐる」シリーズ イラスト・イラストマップ(地球の歩き方編集室)
  • 地球の歩き方gemstoneシリーズ イラスト・イラストマップ(ダイヤモンド社)
    「東京六花街」
    「バリ島ウブド楽園の散歩道」
    「台北近郊魅力的な街あるき」
    「台南高雄とっておきの歩き方」

●共著

  • 「よるがあけるよ」やなせなな・著(さくら舎)
  • 「歌う尼さんのほっこり法話」やなせなな・著(国書刊行会)

●ノベルティ

  • 創作屋オリジナルポストカード(フェアノベルティ)
  • まほうのつえ20周年記念クリアファイル
  • ヘキセライト10周年記念トートバッグ
  • 講談師 神田織音 特製てぬぐい

●石碑・モニュメント・壁面パネル

  • 延岡ロータリークラブ60周年記念「延岡花物語〜かみさまのプロポーズ」モニュメント(延岡市五ヶ瀬川堤防)
  • 延岡ライオンズクラブ55周年記念「出逢いの聖地 笠沙山(愛宕山)」石碑(延岡市愛宕山駐車場)
  • 国文祭・芸文祭みやざき2020 分野別フェスティバル「出逢いの聖地のべおか」をめぐる神話パネル作成(延岡市愛宕山展望台)
    関連記事:宮崎県北の地域情報サイト「0982charmer(シャルメ)」!

●PR

  • わけあってのべおか「神話編」(延岡市観光協会)
  • 「島野浦でいただきます」(離島島野浦いきいき観光協議会)
  • 「のべおか駅まちアモーラ2019」(株式会社まちづくり延岡)
  • 阿佐谷料飲組合「のれん会」冊子 (阿佐谷料飲組合)
  • 「天岩戸温泉村」イメージイラスト

●授与品

  • 延岡・今山大師 御朱印帳・授与袋・特製御朱印・クリアファイル
  • 延岡・春日神社 御朱印帳・お守り・特製地図
  • 高千穂・天岩戸神社 授与品 力餅パッケージイラスト(餅製造:虎彦)
  • 北九州・木屋瀬・須賀神社 御朱印帳
  • 延岡・夏田山扇森稲荷神社 紙製ぬりえ絵馬
  • 八代・妙見宮 授与品エッセンシャルアロマオイル「ぽらりす」

●オリジナル・コラボ制作

  • オリジナル制作「みよこよみ」(カレンダー)
  • コラボ制作 「13の月の暦卓上版タイムスコア」(共同制作・時間藝術学校クリカ)

    <<これまでのコラボ>>
  • くまきヒロコとのお洋服制作
  • 器工房つなぎとの陶芸作品制作
  • 皮革作家Kurmiとの制作「kurmiyo」
  • 服をつくる人CZとの制作「CZ+miyo」
  • オトナ可愛工房fifiとの制作「miyo×fifi」

●ラベルなど

  • 山梨・旭洋酒「それいゆワイン」 エチケット
  • 愛媛・伊予三津浜鯛メシ「鯛や」 のれんとてぬぐい

●アニメーション

  • 旭洋酒20周年記念PV「Naoni&Ninona」
  • やなせななミュージックビデオ「春待つペンギン」
  • やなせななミュージックビデオ「ペンギンの旅はじまる」オープニング部分
  • NHK「コウケンテツがいくアジア旅ごはん」 タイトル、アニメーションイラスト
  • NHK BS 「アジわいキッチン」タイトルアニメーションイラスト

●書籍イラスト

  • 「プラス犬(わん)のおもしろ交友録」川木淳・著 (駿台曜曜社)表紙・挿絵
  • 「言いたいことをキチンと伝えるお母さんの話し方『66』のコツ」今井登茂子・著(けやき出版)挿絵
  • 「NHK地球ラジオ発 世界まるごと質問箱」(徳間書店)表紙・挿絵
  • 「カレー大全」渡辺玲・著(講談社)挿絵
  • 「福岡市立こども病院の最新治療」福岡市立こども病院・編著(バリューメディカル)表紙
  • 「ヤマダ電機で電気自動車を買おう」田中優・著(TRH-J)表紙・挿絵
  • 「平成着物図鑑」君野倫子・著(河出書房新社)挿絵
  • 「Q&Aでよくわかる「子宮体がん」」(市川喜仁・著 講談社)表紙・挿絵
  • 「学研の図鑑 寿命のクイズ」 (Gakken)表紙
  • 「学研の図鑑LIVE petit かわいい花」(Gakken)挿絵
  • 「親子で楽しむ こどもことわざ塾」西田智己・著 (明治書院)挿絵
  • 「親子で楽しむ こども歴史塾」西田智己・著 (明治書院)挿絵 
  • 「季節の言葉」 青山由紀・監修 (金の星社)表紙・挿絵
  • 「SDGsを学んで新聞を作ろう」 (金の星社)表紙・挿絵
  • 「季節と行事のおりがみくらぶ 学校生活編」 (新宮文明・著 ほるぷ出版) 全4巻 表紙・挿絵
  • 「安曇野ものがたり」萩原尚・著(ほおづき書籍)表紙・挿絵
  • 「台湾おしゃべりノート」(阿多静香・谷口佳恵・富永直美 著 ダイヤモンド社)表紙・挿絵
  • 「霊性のアート」(小原大典・著 中央アート出版社) カバー
  • 「マヤのリズム」(小原大典・著 中央アート出版社)カバー
  • 「繁が牧水になったまち延岡」(延岡東ロータリークラブ創立50周年記念)表紙・挿絵
  • 「みやざき手帳2017」(鉱脈社)表紙
  • 「Conlationem 栗田子郎追悼文集」(栗田子郎先生を偲ぶ会)ある日のクリちゃん(漫画)
  • 「老いの花」伊藤一彦・著(鉱脈社)挿絵

●誌面イラスト

  • 「お人形ムック Dolly*Dolly」(グラフィック社)
  • 「地球の歩き方ムック海外挙式&ハネムーン」(ダイヤモンドビック社)
  • 「地球の歩き方ムック台湾の歩き方」(ダイヤモンドビック社)
  • 「地球の歩き方ムック沖縄の歩き方」(ダイヤモンドビック社)
  • 「ダイヤモンドセレクト 本当に子どもの力を伸ばす学校」 特集見開きイラスト(ダイヤモンド社)
  • 「週刊ダイヤモンド別冊」 特集見開きイラスト(ダイヤモンド社)
  • 「雑貨カタログNo94.」東京谷中散歩見開きイラストマップ(主婦の友社)
  • 「猫びより」
  • 「ネコまる」
  • 「家主と地主」連載 日米比較文化考(黒川鍾信・著 全国賃貸住宅新聞社)
  • 「家主と地主」連載 家主はつらいよ(黒川鍾信・著 全国賃貸住宅新聞社)
  • 「家主と地主」連載 お気楽!お掃除テクニック(藤原千秋・著 全国賃貸住宅新聞社)
  • 「和楽」読者アンケートページアイコンイラスト
  • さとうきびVol.18 (さとうきび編集部)
  • ないおん寺院版「仏教絵童話」(ないおん編集部)
  • 「家の光」特別付録「らくらく養生訓」(家の光編集部)
  • 「家の光」特集:認知症予防は楽しく!健康習慣(家の光編集部)

●ポスター・カレンダー

  • 「延岡花物語」メインビジュアル(延岡市観光協会)
  • 「宮崎太陽銀行」カレンダー(宮崎太陽銀行)
  • 「のべおか天下一薪能」 (のべおか天下一市民交流機構)
  • 「延岡駅前複合施設エンクロス1周年感謝祭」
  • 「えんぱく」(えんぱく実行委員会)
  • 延岡市仏教会「成道会」講演会(ゲスト:やなせなな)(延岡市仏教会)
  • 「延岡バレエ」発表会(延岡バレエ)
  • 「ギャラリーかわなか移転オープン」(ギャラリーかわなか)
  • 「昔話が語る子どもの成長 小澤俊夫講演会」(まほうのつえ)
  • 「よるがあけるよ やなせななスペシャルコンサート」(やなせなな)
  • 「初午祭」(夏田山扇森稲荷神社)

●パッケージ

  • 「彦丸」「彩ジュレ」「花衣」(風の菓子虎彦)
  • 「出逢いの聖地」箱(千徳酒造)
  • 「みさと(梅酒)」瓶(千徳酒造)
  • 国産ひのき100%精油「よいかおり神門」
  • ネパール「カフェカルディ・ネパール」コーヒー・カップ
  • 「めぐるイノチの唄」CD

●ロゴマーク・シンボルイラスト

  • 延岡今山大師
  • カフェカルディ・ネパール
  • 時間芸術学校クリカ
  • アンジェリカ
  • fairy
  • ナチュラルガーデン倶楽部
  • Tinker Bell
  • ボディケアサロンTOQ(トーキュー)
  • はだしのアトリエ
  • 路地裏メンチカツとコロッケの店 なろう
  • フットケアサロンlove
  • morinorino
  • 中央歯科医院

●シャッター・看板・壁画

  • 「サロン・ド・テ・アンガトー」カフェ看板(神楽坂)閉店
  • 「ドリームインテリジェンス」サロン壁画(東京)移転
  • 「居酒屋ごっち」シャッター(東京・高円寺)閉店
  • 「BOSCO」壁画(東京・高円寺)閉店
contents

message from miyoko
いつも応援してくださりありがとうございます。
絵を描く⼈はごまんといるなかで、
私の作品を⾒つけてくださり、⾒てくださって
「好き」「素敵」と思ってくださる⼈の存在に本当に⽀えられています。
これからもみなさんの⼼に喜びや楽しみの種を
届けることができるようにがんばります!

message from miyoko

いつも応援してくださり
ありがとうございます。
絵を描く⼈は込まんといるなかで、
私の作品を⾒つけてくださり、
⾒てくださって「好き」「素敵」
と思ってくださる⼈の存在に
本当に⽀えられています。
これからもみなさんの⼼に
喜びや楽しみの種を
届けることができるように
がんばります!

miyoko’s life story

絵を始めたきっかけ

幼少の頃(⼩学校低学年)、気がついたらお絵かき教室に通っていました。
最初は先⽣がテーブルに置いた花や果物など静物画を描くところから始まって、簡単なクロッキーから⽯膏デッサンも少しさせてもらったりして、⾼校⽣くらいまでずっと通っていました。

絵を描くことが好きになった理由

楽しかったということはもちろん、何より⾃分が絵を描いて⼈が喜んでくれるのが嬉しか ったから。
例えば、⼩さい頃は祖⺟が、わたしが書いた絵を額縁に⼊れて⾃宅に飾ってくれたりしたんですけど、家族全員がそれを⾒て喜んでくれるんですよ。それがとても嬉しく、もっと喜んでもらおうと思ってどんどん描きました。
⾼校⽣の時には、友達の誕⽣⽇プレゼントに、ハッピーバースデーって書いたイラストをテレホンカードにしてもらえるサービスがあって、それをプレゼントしたらすごく喜んでもらえたり、学校の⽂化祭で⾃分が書いた絵がクラスの T シャツのデザインに採⽤されたりして、⼈に喜んでもらいたいからどんどん絵の練習をして頭の中のイメージを⽬の前の紙に表していく、ということを繰り返していくたび絵を描くことに夢中になりました。

美⼤・芸⼤ではなく、早稲⽥⼤学に進学した理由

私は⼤学卒業のタイミングでプロのイラストレーターとして活動を開始することとなるのですが、実はそれまでプロになろうと決めていたわけではありませんでした。
その理由はただ好きだから・得意だからと⾔ってそんなに簡単になれる仕事だとは思えなかったためです。
ただ、仕事にするかどうかとは別で絵を描くことは好きだったので、⾼校 2 年の終わりに、芸⼤や美⼤に進学して専⾨的な勉強をしたいと思い、担任の教師に相談したところ、「芸⼤・美⼤を⽬指すのは予備校に通って専⾨的な学習をする必要があり、今からではタイミング的に厳しいぞ」と⾔われました。
友⼈にそのことを話したら、「好きなことは放っておいてもやるし、⾊んな⼈⼿に出会えて、⾊んな勉強のできる学校に⾏くのが良いと思うよ」と⾔われ、「なるほど」と深く納得し、その後勉学に励み早稲⽥⼤学に⼊学しました。

いわゆる絵画系のサークルではなかった⼤学時代

⼤学⽣の時は美術系のサークルとか部活に所属することはなく、友⼈が主宰する「パフォーミング・アーツ」ののお⼿伝いをして、舞台美術の制作やときどき舞台の⽚隅にでてくる⼈、みたいな感じのことをしていました。
早稲⽥⼤学が演劇やお芝居がとても盛んだった(堺雅⼈さんと同世代なの)ということと、もともとお芝居を⾒ることが好きだったというのもあって、舞台(3 次元)の世界で表現できることの⼤きさに圧倒されて、⾝体表現や空間美術の⾯⽩さを体感、経験しました。
その活動の中で出会った友⼈にスカウトしてもらって、友⼈のお⺟さんが経営する⼩料理屋さんでアルバイト(⼈⽣初のアルバイト!)させてもらいました。
世間知らずだった私をよく雇ってくれたなと、今でも本当に感謝しています。⼥将さんも若⼥将さんもとっても素敵な⼥性だったし、いらっしゃるお客様の層がとってもよくて、お料理の盛り付けとかも美しかったし、学校ではなく、社会というものを⾒ることのできる、すばらしい機会だったと思います。仕事をしていくうえで、社会で⼈と関わって⽣きていくうえで、接客というのは基本だと、今でもそう思っています。ほんとうにありがたい経験をさせてもらえました。

プロのイラストレーターになると決断した理由

⼤学三年⽣くらいかな、そろそろこの先どうやって⽣きていったらいいのかなって漠然と思う時期に、たまたま近所の本屋さんで、末永蒼⽣先⽣の「⾊彩学校へようこそ」という本と⽬があって。
読んでみたらとっても⾯⽩くて、しかも実在する学校だったとわかったので、申し込みまして、⼤学 4 年⽣の時、⼀年通いました。
毎週⽊曜の夜の学校でした。
受講⽣は、私のような学⽣よりも社会⼈の⽅の⽅が多かった記憶があります。
そこに通ううちに、あらためて「絵を描くことが好き」「絵を描いて誰かの役にたつことが好き」という思いが育ってきたような気がします。社会でしっかり働いている⽅たちの姿を⾒て、彼らと触れて、話を聞いたりしながら、どうやって⽣きていこう、というのが少しずつ少しずつ、⼼の奥の⽅で形になっていったのかもしれないと、今思うと、そんな気がします。
⾃分の描きたいものだけ描いていて満⾜なら、趣味でも良いなって思ったんです。でも、わたしは絵を描くことで社会と関わりたい。仕事にしたい。誰かの役に⽴ちたい、と思ったんですな。
できるかできないかはわからないけれど、若さゆえ、根拠のない⾃信に満ちていましたし、根拠のない応援団にも恵まれていました(笑)。ありがたいことです。
私には芸⼤・美⼤で学ぶような専⾨の知識も、コネもツテもほとんどありませんでしたが、「何もやらずに諦めてその後後悔するよりは、挑戦して失敗した⽅がよっぽどマシだ」と思いましたので、卒業後就職をせずに、イラストレーターの旗を揚げ、活動を開始しました。

東京時代の活動

プロのイラストレーターとして活動を開始したと⾔っても仕事を紹介してくれるコネもなかったので、最初は友⼈・知⼈からお仕事を少しずついただいて、それを制作しつつ、アルバイトをしながら⽣計を⽴てていました。
そのなかで神楽坂の「サザンカンパニー」という会社にご縁をいただいて、「かぐらむら」というまちの情報誌のイラストとか、神楽坂のお⼟産のぽち袋のイラストを描かせてもらいました。そしてそこからまた他の出版社さんにご紹介いただいたりして、ご縁がどんどん広がっていきました。

神楽坂のぽち袋をきっかけにして、愛媛の鯛メシ屋さんの暖簾に採⽤していただいたりもしました。
アルバイトのひとつでレストランのホールスタッフをしていたときに、前菜担当をしている⼥性の紹介で、ワインのエチケットを描かせてもらえることになりました、(旭洋酒) 私⾃⾝もお酒が好きということもありますが、接客業をしているとお酒と⾷の豊かな空間に⼈々が集い楽しそうにくつろぐ姿がとっても素敵に思えるようになっていたので、ワインのエチケットを描かせていただけたのはとってもとっても幸福でした。
⾃ら営業活動はしたことがなかったです、恥ずかしながら怖くて笑
なので周りの⼈に恵まれていたと本当に思っていて、今活動を続けられているのは活動当初ご⽀援いただいた⽅々のおかげなんです。

宮崎時代の活動

2008 年、結婚を機に宮崎に移住することとなりました。
東京でお仕事させていただいて、東京の出版社さんやクライアントさんとの信頼関係ができていたので、まずは新しい⽣活環境になじみながら、これまで通りお仕事ができれば、と思っていました。
たまたま、住んでいアパートのすぐそばに、「茶房てふてふ」という古⺠家を上⼿に使ったお店がありまして。店主も博多で⽣まれ育ったということで、延岡市に全く縁もゆかりもない私の⼼情を気にかけてくださり、年齢も近かったというのもあって、なんだか気があって、ほとんど⺟屋のように通うようになりました。
通いはじめた当初、私は⾃分の仕事の話をしていなかったのですが、⾃分で絵を描いたスカ ートを履いていったら、それが店主の⽬にとまり、あれよあれよと、延岡でお仕事のご縁をいただくことになりました。

当時のわたしには、今の私の状況はまったく想像できなかったと思います。
宮崎に住まいした時、県知事がそのまんま東さんで、「⾼千穂」とか「スピリチュアル」とかそういう⾔葉をよく⽿にしていて、もともと神社仏閣には親しみがあったし、せっかく宮崎に住んだのだから、と、古事記の本を読んだりして、神話のことにも興味をもちはじめたら、友⼈知⼈の紹介や、これまでのお仕事のご縁のつながりで、神社やお寺や、古事記(神話)に関するお仕事もいただけるようになりました。
ありがたいことです。

イラストレーターという仕事への思い

わたしはしっかりと絵の勉強をしたわけではないので、技術という⾯では⼒不⾜があると、それは⾃覚しています。なので、その⾜りない部分を、アイデアとかクライアントさんの話をよく聞く、とか別の部分で補いながら、クライアントさんに喜んでいただくお仕事ができたら、と思っています。
アルバイトで接客のお仕事を通して社会で⽣きていく上で⼤事なことってなんだろうっていうのを教えてもらえたことが、私をとても⽀えてくれていると思います。
アテもツテもなくコネもないところからスタートした時から、「⾃分としてはやるだけやったけど、どうにもこうにもだめだった」という境地にたったら、あきらめて他の仕事をしようと思ってここまでやってきました。
他のことに関しては結構あきらめが早のですが、イラストの仕事だけはなぜかあきらめが悪くて、まだまだぜんぜんやるだけやったという気もしないし、まだまだどんどん仕事したい、必要としてくれる⼈がいる限り死ぬまで仕事したい、と思っています。

みよこみよこというペンネームについて

2003 年ごろに、出会った⼈が「みよこみよこ」っていう名前を提案してくれました。
でもその時はすでに「よしだみよこ」として活動を開始したばかりであったため、すぐには変更しなかったのですが、「みよこみよこ」というペンネーム⾃体は、楽しくてかわいいな、おもしろいなと印象に残っていました。
夫と結婚が決まったときに、「きっともっとよくなるわたし」という希望とか願いとかそういう思いと、これまでの私を育ててくれた⼈たと、これからの私と出会ってくれる⼈たちへの感謝とかそういったものが交わるイメージで、「みよこみよこ」にペンネームを変更しました。
「よしだみよこ」のままでも良いのでは?という声もあったのですが、結婚を機に宮崎に移住したこともあり、新しい場所で「よしだみよこ」を超えていけるくらいにならないと、という思いもあったので、「みよこみよこ」として⼼機⼀転頑張ろう!と決めました。

これからの活動への思い

これからもとにかくがんばる!
媒体をこえてどんどん世界が広がるといいなと思っています。
絵本とか画集とか作品集とか、映像とか映画とか、⽴体物とか、
新しい世界にも挑戦してみたいです。

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